• seike33

小児科後期研修医のリアルな妊娠生活 



わたしは、首都圏の大学病院分院で勤務している小児科医です。この連載では、小児科後期研修医の妊娠生活について紹介させていただきます。


実は、仕事と妊婦生活の両立で悩むことが多くありました。若くして子供を授かる女医が少ない科であり、前例がないがゆえに苦しんだことがたくさんあったので、すこしでも同じ悩みを持たれている女性医師の方の参考になれば嬉しいと思っています。



わたしが妊娠したのは、後期研修医として、一般小児、新生児科などをローテーションしているころでした。



勤務先の病院は、首都圏にある大学病院の分院。一般小児は週6勤務+当直月6回+外当直月2-3回。普段は朝7時に出勤し夜19時頃退勤。当直のある日は、朝から勤務、夕方にそのまま当直帯に突入。朝の申し送りを終えても勤務が終わらず、15時頃に退勤する、という生活でした。そして、次の日は朝から仕事の繰り返し。当直は眠れない病院でした。


新生児科は、さらに医師不足な状況にありました。医師1-2人で、入院中(20人程度)の赤ちゃんと、毎日生まれてくる健常な赤ちゃん(10人程度)とを対応しなければなりません。ご飯は、とりあえず口に何か入れられればいい、という、常に働いている状況でした。


「専門医を取ってから子供を作ったほうがいい」「若手のうちは当直をたくさんして経験を積むべきだ」と耳にタコができるほど言われましたが、余計なお世話と思っています。私は初潮も早く、上手く行った女医さんの話など信じていたらきっと近い将来不妊に悩んでいたことと思います。医師である前に、女性です。私は夫婦で子供を望んでいたので、子供を望む方は「上司に言われたから」「せっかく医者になったから」と妊活を遅らせるのではなく、夫婦間で話し合って仕事と並行して妊活されたほうが良いと思います。


一般小児にいた頃、何度か妊娠したのですが、安定期でもないし、と周囲に言わず、当直も含め通常勤務を続けていた結果、それが原因かはわかりませんが、いずれも初期に流産したため、今回は早期妊娠反応検査キットで陽性になった段階で上司に相談しました。新生児科をローテーションしていたときでした。


妊娠初期 まず、夜の勤務は妊娠判明時に外してもらいました。


週6程度の日勤出勤(うち外勤1日)となりました。日勤は、8時から勤務開始、夜は20時過ぎに終わることが多かったです。妊娠3週からつわりが始まり、特に分娩ではお産の臭いがきつく、立ち合い直後に何度も嘔吐していましたが、ついに妊娠6週のお産立ち合い後に動けなくなり、病棟も落ち着いていたので3日間お休みをいただきました。


情緒が不安定で、思うように動かない身体と、まだまだ色々な症例を経験したいという気持ちの葛藤の中、家では毎日のように泣いていました。途中から食べつわりにかわり、ポケットにグミを入れて、階段を上り下りしながらこっそりたべる日々が続きました。


検体を出すときや、立ち合い分娩のためフロアを走って移動することがとにかく辛い時期でした。


それでも自分がダウンすれば、オンコールの先生が呼ばれてしまうため、どうにか耐えて勤務をしていました。残業は50時間程度でした。


帰宅後は夫と自分のご飯を作っていたのですが、臭いに耐えられず、夫に手伝ってもらいながらどうにか日常の家事をこなしていました。


妊娠9週には、新型コロナウイルスが日本列島で流行し、我が病院でも新型コロナウイルス感染患者の受け入れが始まりました。新生児科は何も変わらず生まれてくる赤ちゃんを対応しなくてはいけないので忙しさは変わらず。むしろ、新年度になり赤ちゃんの多いシーズンに突入したため、毎日が出産、入院のラッシュでした。毎日疲れやすく、一日中立って駆け回っていると夜には身体がぐったりでした。病院の購買で売っている医療用着圧ソックスが手放せなくなりました。


新型コロナウイルスの胎児への影響は明らかになっていなかったので、不特定多数の人と関わらないといけないこの仕事が嫌でした。


世の中では新型コロナウイルス流行に伴い、男女雇用均等法が期間限定で改正され「新型コロナウイルスに対する不安がある妊婦は休業の対象とする」となりましたが、結局のところ当病院では、これによる休業中の給料が支払われないとのことで、不安を抱えながらも勤務は続行していました。



妊娠11週から経腹エコーで赤ちゃんが見えるようになったので、仕事終わりに自分でエコーをし、赤ちゃんの無事を確認するようになりました。胎動がまだない期間は、体もハードに動かしていたので赤ちゃんの様子がエコーでしかわからず、とにかくよく不安に襲われていました。


つづく

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